9/07/2013

覚悟

やるか
やらないか

やったなら
できるまでやれるか

そういう覚悟の繰り返しでのみ、「達成」は達成されるのだと思う。


8/18/2013

アロハワイ-第二章-

特にネタがあるわけでもないのだが、時間がある今のうちにブログでも更新しておこうと思った次第だ。

8月某日、日本が執拗な猛暑に見舞われている時、猛暑顔負けのアツアツ新婚カップルや、成田空港からアロハな格好全開な家族に紛れて、色気もヘチマもない大学院生が絶海の孤島に再・再上陸した。

およそ3ヶ月ぶりに見るオアフは、もう降り立った瞬間の雰囲気だけでぐうたらしちゃう程時間が緩やかで、人が温かかった。適当なチケットの切り方をするdispacherのおばちゃんにタクシーを手配して貰い、ハワイ訛りの英語を話すおっちゃんの運転で一路ハワイ大学まで。高速を走る車に時折降り注ぐ小雨と、「学生さん、チップなんていらねーよ」と言わんばかりの笑顔できっちりお釣りをくれる運転手が、ハワイを実感させてくれた。

その後友人の家に預けてあった荷物を受け取り、すぐに新居へと移動を開始(通常、アメリカの寮は夏前に退寮しなければならない。その後同じ場所に再入居する事も可能だが、僕はフェローシップに受かったので研究機関に住む事になった)。チェックインの際に「あなたの名前ありませんよ」なんて言われてアメリカらしさを実感しつつ、いざ新居へ入ってみるとなんと寮の最上階。目に飛び込んできたダイヤモンドヘッドとホノルル市街地は長旅の疲れをどこかにやってしまったし(いやその後がっつり寝たが)、吹き荒ぶハワイのトロピカル・ウィンドは思わず両手を広げて感じたくなるほど心地よい。が時々ドアが突然開いたりするほどの強風が吹き付けて困る。


この景色、年中無休。

学期が始まるまでおよそ1週間、今年は国際学会での発表も控えているし、フェローとして成果を出しておきたい所でもある。変に時間がある今は日本を恋しく思う気持ちが沸いてくるけれど、日々の出会いに感謝し、日本で力をくれた友人に感謝し、謙虚に、貪欲に、経験を増していきたいと思う。


そうそう、ハワイに入って久々に英語だけの生活に浸り、不思議な事に気がついた。
3ヶ月前よりも断然英語が出てくるのだ。恐らく、いや間違いなく、これは日本に帰り、人と出会い、活力を充実させた事が原因だと感じた。
3ヶ月前までの僕が異国で感じていたのは、「英語が話せなければ誰ともつながれない」という思いだった。そこに「英語教育を専門にしているからこそ英語で失敗は出来ない」という恐れが加わり、英語を「気楽に」は使えなくなっていた。
けれどこの3ヶ月で様々な再会を果たした僕は、「英語で失敗しても孤独にはならない。自分には故郷に仲間がいる。」と思えるようになった。つくづく言語学習の敵は「萎縮すること」だな、と感じたし、「失敗を恐れず話しましょう」なんて言われて出来ることではなくて、自分の性格はもちろん、経験、環境、モチベーションといった外的・内的環境に影響されるんだなと痛感した。教育を行う方がこういう事を知っておくと何かと有益だと思う。

8/03/2013

NOTES

「学費と奨学金」を更新しました。右下のNOTESからどうぞ。

4/01/2013

あとひとつき

あとひと月。

あとひと月で、ハワイ大学大学院生としての一年目が、終わる。



こっちに来てから3カ月くらいは、実は本当に辛かった。したためてはあるが公開していないだけで、たくさんの「辛さ」が「下書き」としてこのブログに存在している。

辛さについて多くは語るまいが、とにかく辛かった時、僕は飛行機を見ては「帰りてえ」と呟いていた。facebookに逃げたし、Yahoo!JAPANのニュースに逃げた(笑)。でも、中でもとりわけ、サークルの追い出しコンパでもらったメッセージブックを眺めていた。「この居心地の良い空間に戻りたい」と、思っていた。

12月位から英語に慣れ始め、1月半ばには日本語より先に英語が出てくる程になった。
友達も出来、授業にも慣れ、居場所が見つかり始めた。
英語が出来ない悔しさと、居場所がない辛さのうち、後者が解消され、メッセージブックを眺める頻度は減っていった。

今、ふと、およそ3カ月ぶりに、メッセージブックを手に取る。
後輩と同期が、

「いってらっしゃい!」
「尊敬してます!」
「行動的ですね!」
「いつも笑顔ですよね!」

と言っていた。


餞の美辞麗句であることは分かっている。
それでも、異国で、言葉が操れず--いや言葉のせいにして--、「自分らしさ」が発揮できずくすぶっている自分に、「こんな良いところがあるよ!」と、思い出させてくれた。

あぁ忘れていた。これが僕らしさだ、と。

そして、

僕はひとりではない、と。


この一年、動けなくて動けなくて、同級生の行動力や、facebookで見る友人知人のポストに自己嫌悪ばかりだった。自分の長所なんて忘れていた。自分は腑抜けで、日本に帰りたい気持ちはあれど、誰にも合わせる顔が無いと感じていた。

久々に開いたメッセージブックに、「これがお前らしさだぞ!頑張れ!」と、背中を押してもらった気がした。
いつか会う彼らに、「『らしさ』に磨きがかかりましたね!」と言ってもらえるようになりたい。翻ってそれが、外的環境に左右されない、自分の最高の「居場所」になると思う。

自分らしく。自分らしく。まだまだ。もっと上を。


結局、またサークルの面々に助けられた。ありがとう。

2/23/2013

ねいてぃぶ信仰のはなし

英語教育の世界では、"ELF"(English as a Lingua Franca)という考え方がある。定義は色々あるが、単純に言えば母語が異なる人同士が使う、「共通語としての英語」という事だ。国際会議や国際交流で使われるのはELFということ。



ELFの一例。櫻井よしこ×ダライラマ14世。7:10くらいから


また、Kachruというとっても偉い学者さんが提唱した、"inner/outer/expanding circle"という考えもある。これも単純に言えば、「inner circle=英語を母語とする国々」、「outer circle=英語がステータスとして認められ、広く英語が浸透している国々」、そして「expanding circle=英語が浸透していない国々」といった感じ。アメリカやカナダが第一群、シンガポールやインドが第二群、日本や韓国が第三群となる。ポイントは、人口の流動が加速する昨今、人々はこの3つのサークルを行き来し、それぞれの国で「それぞれの」英語を話して暮らしているという事だ。そこで家庭が出来、子どもは教育を受け、下手をすると途中で親の母国に帰ったりする。

要するにこうした概念が示すのは、世界では「英語の国際化」が起こっているという事だ。英語はインドヨーロッパ語族圏を離れ、世界中で"Englishes"として「土着化」している。Englishという言語も、native speaker of Englishという概念も、もはやinner circleのためだけのものではない。

多くの日本人は、巷に溢れる「これではネイティブに通じない」とか「ネイティブの発音」とか「ネイティブはこう考える」とか「ネイティブのように考えなければ英語はマスターできない」とかなんとかいう文句に弱い。学校でも、発音や文法や語用論はアメリカンスタンダードイングリッシュなるものに依拠している。



だが、あなたたちの言う「ねいてぃぶ」とは誰なのか。何を以て「ねいてぃぶ」なのか。それはいかにして計られて、なにを達成すればあなたは満足するのか。ていうか、そもそも何故日本人が「ねいてぃぶ」を目指す必要があるのか。
少し考えれば、この「ねいてぃぶ」が実体のない、イデオロギー的空想であると分かる。そして逆に言えば、実体のない空想でありながらイデオロギーとして日本人にしっかり根付いている。国際化の現状を考えれば、「目指すべきはELFではないか?」と気づくはずだが、それは世論とはなりえない。
これが何故か、という話はここでは置いておくが、まぁ、多くは「金の問題」と言えば事足りるだろう。

とにかく、ここで言いたいのは、「自分が英語を勉強する目的」を「はっきり」させた方が良い、という事だ。前のエントリーで書いたけれど、言語学習に果ては無い。目的が無ければ一生改善の余地があるのが言語だ。
僕はネイティブ(inner circle communityの人々)を目標として掲げること自体を否定しているわけではない。例えばイングリッシュ・ネイティブに「君は本当に日本人かい?完璧な英語だね!小さい頃は英語圏で過ごしていたんでしょう?」と言われる事は可能だと思う。大変困難な道だけど、頑張れば良いと思う。現に僕もそれを一つの目標として考えているわけで。
それに、「ジャパニーズイングリッシュ」というものが日本人にも外国人にも認知されていない以上(つまり日本がexpanding circleに居る以上)、「アメリカン/ブリティッシュ・スタンダード・イングリッシュ」なるものをきっかけにするのは当たり前だとも思う。
だが、英語学習の目的は「ネイティブ」だけではない。学習計画の基礎中の基礎だが、まず「ニーズ」をはっきりさせ、そこから「ゴール」を設定し、学習法に移る。
「あなた」の「ニーズ」は何なのか。「何故」英語を学ぶのか。旅行か、チャットか、ビジネスか、映画鑑賞か、研究か、恋人作りか?どの位、どの英語が使えれば「ゴール」なのか?そこに「ネイティブを目指す必要性」はあるのか?「あなた」の目指す「英語」は「どのタイプの英語」なのか?



英語は、一つではない。
あなたは、あなたの「学習目標」を定義できるだろうか。
それが無いと、イデオロギーとしての「ネイティブ」が目標設定される「仕組み」になっている。イデオロギーとはそうして再生産されるものだから。
そしてそうなった以上、一生英語に対して劣等感を抱く事になる。どのネイティブを目指そうが、「ネイティブ」とはその位難しい目標なのだから。