10/18/2013

一息

ペーパーやらプレゼンやらミーティングやらのdead lineが3週間ほど続き、今やっと一息。
15週間ある授業のうち、学期の半ばにあたる7~8週目と、終盤13~15週目あたりは冗談じゃ無く、レッドブルが主食になるくらい忙しい。「金払って仕事してるようなもんだ」とはドクターにいる知人の段だが、言い得て妙である。

ちなみに一息ついたところで、別に面白いネタなどない。ネタがない事がネタになるくらい、ネタが無い。

英語教育という分野は、金・政治・イデオロギーと密接に結びついている。それも、グローバルに。そんなことを日々再確認しながら生きている。
この分野を勉強すればするほど、「では、教師は何を教えれば良いのか」というモラルハザードにぶち当たる。ただその答えはきっと座って考えて出るものではなくて、教壇に立って分かるものなんだろうと思う。だから、今のうちにたくさん鬱憤を溜めておきたい、と思う。教壇で生徒と自分に問いかけてみたいものを、たくさんたくさん溜めておきたい。


ハワイも雨期に差し掛かった。

9/11/2013

悔しさと。厳しさと。

今日、とある授業でプレゼンがあった。


僕はかなりネガティブに捉える方なので、プレゼンがある度に「わかりにくい英語だらけだった!」とか「もっと惹きつける話し方が出来れば!」とか「もっと練習しておけば!」とかいう後悔と自己嫌悪の嵐が巻き起こり(実際、そういうプレゼンはウケがいまいち)、もうその日一日はどうしようもないくらい落ち込む。自分に腹が立ってどうしようもなくなる。
"f**k"とか一人で言いまくるし、舌打ちしまくるし、眉間にしわ寄りっぱなしだし、多分大変親しみにくい人になっていると思う。不運な事に、後悔の衝動に駆られるとこれを無意識でやってしまうため、図書館だろうが、隣に人がいようが、舌打ちして"f**k"とか言っちゃう。多分すごくイカレた人に見えていると思う。

少しずつ「そこそこの」プレゼンが出来る頻度は上がっているものの、この傾向は去年からずっと続いている。不出来なプレゼンが多くて、やるせない気分になる。

けれど、そんな状況も、去年より耐えられるようにしてくれた二つの言葉がある。



一つは、この夏帰省したときに教授から聞いた一言。

—英語が95%理解できるようになるのはなんとかなっても、それを96%にするには、更に何倍もの努力がいるんだよね


「あぁ、そうか。やっぱり、躓いて良いんだ」と思わせてくれた何気ない言葉。躓いて、成長していないと感じる度、「そりゃそんなすぐには成長しないだろ」と自分に言い聞かせる事が出来るようになった。


もう一つは、日米通算4000本安打を達成したイチロー選手が、会見で言った言葉(Yahoo!JAPAN8月22日付、「日米通算4000本安打達成のイチローが会見(全文掲載)/一問一答」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130822-00000214-mlbjp-base)より引用)。

—プロの世界でやっている、どの世界でも同じだと思うんですけど、記憶に残っているのは、上手くいったことではなくて、上手くいかなかったことなんですよね。その記憶が強く残るから、ストレスを抱えるわけですよね。これは、アマチュアで楽しく野球をやっていれば、いいことばっか残る。でも、楽しいだけだと思うんですよね。コレはどの世界も同じこと。皆さんも同じだと思うんですよね。そのストレスを抱えた中で、瞬間的に喜びが訪れる、そしてはかなく消えていく、見たいな。それが、プロの世界の醍醐味でもあると思うんですけど、もっと楽しい記憶が残ったらいいのになあというふうに常に思っていますけど、きっとないんだろうなあと思います


上手くいかないストレスを抱える中で、瞬間的に喜びが訪れる、そして、はかなく消えていく。
僕はもちろん研究者としてプロフェッショナルな訳では無いし、イチロー選手の気持ちが「分かる」などと言ったら大変厚かましく思えるが、それでも、すごく共感できる。「今の自分にぴったりの言葉だ」と思ってしまった(厚かましい)。
英語も、英語のプレゼンも—というより人が極めようとする何かは全て—たくさんの悔しさと、瞬間的な喜びの連続の果てに、達成されるものなんだと思う。

何かある度悔しくて悔しくて、穴が無くとも掘って埋まりたい気分だけれど、1%上の理解と、瞬間的な喜びのために、もう少し頑張ってみようと思う。


9/07/2013

覚悟

やるか
やらないか

やったなら
できるまでやれるか

そういう覚悟の繰り返しでのみ、「達成」は達成されるのだと思う。


8/18/2013

アロハワイ-第二章-

特にネタがあるわけでもないのだが、時間がある今のうちにブログでも更新しておこうと思った次第だ。

8月某日、日本が執拗な猛暑に見舞われている時、猛暑顔負けのアツアツ新婚カップルや、成田空港からアロハな格好全開な家族に紛れて、色気もヘチマもない大学院生が絶海の孤島に再・再上陸した。

およそ3ヶ月ぶりに見るオアフは、もう降り立った瞬間の雰囲気だけでぐうたらしちゃう程時間が緩やかで、人が温かかった。適当なチケットの切り方をするdispacherのおばちゃんにタクシーを手配して貰い、ハワイ訛りの英語を話すおっちゃんの運転で一路ハワイ大学まで。高速を走る車に時折降り注ぐ小雨と、「学生さん、チップなんていらねーよ」と言わんばかりの笑顔できっちりお釣りをくれる運転手が、ハワイを実感させてくれた。

その後友人の家に預けてあった荷物を受け取り、すぐに新居へと移動を開始(通常、アメリカの寮は夏前に退寮しなければならない。その後同じ場所に再入居する事も可能だが、僕はフェローシップに受かったので研究機関に住む事になった)。チェックインの際に「あなたの名前ありませんよ」なんて言われてアメリカらしさを実感しつつ、いざ新居へ入ってみるとなんと寮の最上階。目に飛び込んできたダイヤモンドヘッドとホノルル市街地は長旅の疲れをどこかにやってしまったし(いやその後がっつり寝たが)、吹き荒ぶハワイのトロピカル・ウィンドは思わず両手を広げて感じたくなるほど心地よい。が時々ドアが突然開いたりするほどの強風が吹き付けて困る。


この景色、年中無休。

学期が始まるまでおよそ1週間、今年は国際学会での発表も控えているし、フェローとして成果を出しておきたい所でもある。変に時間がある今は日本を恋しく思う気持ちが沸いてくるけれど、日々の出会いに感謝し、日本で力をくれた友人に感謝し、謙虚に、貪欲に、経験を増していきたいと思う。


そうそう、ハワイに入って久々に英語だけの生活に浸り、不思議な事に気がついた。
3ヶ月前よりも断然英語が出てくるのだ。恐らく、いや間違いなく、これは日本に帰り、人と出会い、活力を充実させた事が原因だと感じた。
3ヶ月前までの僕が異国で感じていたのは、「英語が話せなければ誰ともつながれない」という思いだった。そこに「英語教育を専門にしているからこそ英語で失敗は出来ない」という恐れが加わり、英語を「気楽に」は使えなくなっていた。
けれどこの3ヶ月で様々な再会を果たした僕は、「英語で失敗しても孤独にはならない。自分には故郷に仲間がいる。」と思えるようになった。つくづく言語学習の敵は「萎縮すること」だな、と感じたし、「失敗を恐れず話しましょう」なんて言われて出来ることではなくて、自分の性格はもちろん、経験、環境、モチベーションといった外的・内的環境に影響されるんだなと痛感した。教育を行う方がこういう事を知っておくと何かと有益だと思う。

8/03/2013

NOTES

「学費と奨学金」を更新しました。右下のNOTESからどうぞ。