6/23/2014

life is...

一月ほど前に、卒業式に出席した。
論文を仕上げるために卒業を夏まで延ばしたので、学位はまだだが、とりあえず2年間のコースワークを終えたということで。


留学準備も、留学中も、苦しいことがたくさんあった。涙を流したいほど悔しい思いを何度も経験して、自分の力不足や現実にぶち当たり、手の届かない存在に何度も出会っては自分の存在価値に疑問を持つ日々だった。


でもまあ今思い返してみると、


うん。やっぱり辛かった。笑


それは今もまだ留学が続行中で、自分の成長が分からないからかな、と思うのだけれど。

ただとりあえず、「言葉について何不自由なく生活出来るって、もうそれだけで人生イージーモードだよな」という境地には至った。笑 不思議なもので、だから「日本に帰りたい」とは思わなくて、だから「もっと自分を苦しめたい」「別の言語と国でこの感覚を味わいたい」と思っている。マゾ。


さて、なぜ一ヶ月も前の卒業式の話を今持ってきたかというと、はっきり言ってそれどころじゃなかったからだ。卒業式とか余計なプレッシャーでしかなかった。笑
4月の末から、研究助成への応募、job applicationの開始、学期末に向けたプレゼンとterm paperの準備・執筆、卒業と研究に際するペーパーワーク、そしてもちろん論文と、すべてが一気に降りかかった。4月末~5月二週目までは、本当によく病気にならなかったという位精神的に追い詰められていた。その忙しさは形を変えつつ今も続いていて、きっと社会に出たらこんな感じが続くのかなと思ったり(あぁ一生アカデミアにいてぇ)。

job huntに関してはなんとか上手くいっているようで、論文も昨日何度目かのドラフトを教授に送ったので今この瞬間は少し落ち着いている。
論文の締め切りはなんと10日後なので、これからまた忙しくなるわけだが、同時にこの辛く忙しい大学院生生活もあと10日で終わりを迎える。


さて、次のステージはどこになることやら。
実はまだはっきりしていない。

Life is random.

それで良いか、と。


5/12/2014

NOTES

昨日の今日ですが、「学費と奨学金」のページの「学費」について、大幅に加筆・修正しました。

5/11/2014

4/24/2014

国際交流の思い出

何となく、思い出したことを書こう。



あれは、大学一年の頃だ。

僕が大学一年の頃から所属していた国際交流サークルは、新しく日本に来た交換留学生のお世話をしたり、留学生と日本人が一緒に楽しめるイベントを作ったりするのが主な目的で、そうした活動を通じて、僕は当時一人のフィンランド人と仲良くなっていた。

彼は僕よりも一つ年上で、笑顔が素敵な皮肉屋さんだった。笑
留学生にはありがちだが、彼もまた「日本の女の子はカワイイですねー」とか「この街のred-light area(分からない人は調べて笑)はどこですか」とか「日本のアニメは・・・」とかなんとか色々話してた。優しくて面白くて、そして少しニヒルな感性を持ち、感情的な奴だった。


2008年の僕の誕生日。
その日はサークルの友人たちに、ちょっとしたホームパーティを開いてもらった。本当にちょっとした物で、ただみんなでご飯を食べただけの、単なる宅飲みに近かった。
誕生日が終わって数日後、僕と、サークルの友人、そしてそのフィンランド人と学食でご飯を食べていた。当時僕とそのサークルの友人は英会話に楽しみを覚えたばかりだったので、その日はみんな英語で会話していた。

どういう拍子だったか、彼が言った。

「誕生日には、ホームパーティがあったんでしょ?」

僕は答えた。

「うーん、まぁ、あったよ」

僕はそのあと、「でも小さなもので、パーティじゃなくて誕生日にかぶせてみんなで飲んだだけ。」というような旨を続けたかったのだが、彼がさえぎった。




Without me. We are not friends any more.




ハッとした。
彼を見た。
眼から涙がこぼれていた。


分からなかった。
いや、なんとなく頭で理解はしたけど、「そんなに感情的になることなのか?」と問わずにはいられなかった。宅飲みに友だちを誘ったり誘わなかったりというのはよくある話で、それは友人関係とイコールではないじゃないか、そんな事は当たり前じゃ無いか、と。




今、外国で数ヶ月過ごし、言葉の壁にぶつかり、乗り越え、またぶつかっている僕には、やっと彼の気持ちが分かる。
異国で言葉の壁にぶつかる人間が、ネイティブの友人を作る事がどれほど大変で、やっと出来た(と自分では思った)友人から誘われない事がどれだけ悲しいか。自分と異国とをつなぐゲートキーパーが—たった数人のそのゲートキーパーが—自分専用ではないと理解する瞬間。それは自分が本当に独りぼっちに思える瞬間なのだ。


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追記:実はこのエントリーは、今から一年も前に「下書き」として未完のまま放置されていたものだ。今見直して、加筆して、公開してみた。
友人が自分専用ではないというのは当たり前の事なんだけど、本当に独りで生活しないといけない時、「やっと出来た友だち」の価値はすごく大きくて、依存度が高まる。でもその気持ちは経験してみないとなかなか分からない。

僕はこのサークルに居たときから、国際交流(「交流」一般とも言える)を勝手に「異なる文化背景を持つ人々が、感情を共有する行為」と定義している。国際交流とは3F(Food/Festival/Fashion)のような表層交流ではなくて、「違うけど同じ」を文字通り「実感」する行為だと。だから、時に「国際交流」はすごく時間がかかる。僕にとって、彼との国際交流は4年かかったわけだ。

これを書いたのは2013年の5月くらいだから、ちょうどハワイに慣れてきて、insiderとしての自分とoutsiderとしての自分の気持ちが入り乱れていた時だと思う。今となっては友だちは沢山いるし、こっちから飲みに誘ったりも出来る。ハワイ大学の院生として、insiderだなと思える。それは嬉しいけれど、だからこそ忘れてしまう事もあるのだ。今では書けない、当時の素直な気持ちがこの「下書き」に表れている気がした。



4/18/2014

たくさんのはじめて

修士課程が終わりに近づいてきて、同時に新しい生活の準備が始まっていて、たくさんの「はじめて」を経験している。修論も、職探しも、職探しのためのペーパーワークも、新しい家探しも、卒業に際するペーパーワークも。

ストレスではあるけど、とても刺激的だ。
何にしても「はじめて」はとても緊張するし、精神的な負担も大きい。けれど、マンネリ化した生活を活性化させてくれるから嫌いではない。

「はじめて」が嫌いでは無いのは、同時に、アメリカにいるからだな、とも思う。つまり今まで英語を使わなかった分野で英語を使うから。そして今まで触れなかった側面の「アメリカ」に触れるから。
銀行に電話をしたり、職探しをしたり、面接を受けたり、雑務をこなしたり。日本で「勉強した英語」から離れて、「ああ、今英語を使っているな」って思えるから。自分の居場所である寮や教室やキャンパスを離れて、新しい世界を開拓していくから。

この前成長は目に見えないと書いたばかりだけど、こんな風に自分でも分かる成長もある。今、毎日が目まぐるしくて楽しく感じる。


今日もまた、「はじめて」に向かう